保田圭主役のモーニング娘。小説
「それぞれの道――圭ちゃん奮闘記――」

第1章【2人の〈やすだ圭〉】

1-1●ある初夏の日●

 もう初夏と言っても良いような5月のある日。
 20世紀最後の年といっても、相変わらず〈娘。〉稼業は忙しいありさま。
 きょうも息抜きする暇さえない1日だった。
 帰宅途中の道。ふと行き交う人々を見てみると、慣れないリクルート姿を着た社会人初心者の団体が見えた。
「新社会人かぁ〜。大人への第一歩なんだよね…そう言えば、わたしも今年で20歳かぁ……」

 “大人”になる。
 年齢的に“成人”と呼ばれる域に達する――この国の法律では、20年かかる。
 圭はもうじき、その20年に達しようとしている。
 思い返せば20年とひとくくりして、いろんなことが起こった。
 ただ漠然と、川の流れに従う人生も幸せかもしれない。
「だけど、今の自分が一番幸せかっ
 それは20年のうちのたった“3年”という短い月日でしかない。
 しかし、その3年は1日が1年に思えるぐらい密度の濃い時間だった。

 なんとなく自分の頑張っている姿を思い浮かべながら、いつものように、いつもと同じ道を通り、圭は自分の住むマンションへ向かっていた。
 時間は、いつもよりも早い。「夕方」から「夜」へと呼び名が変わるころ。
「きょうも1日、お疲れさまでした」
 自宅の前にたどり着いた自分に話しかけてみたりした圭は、ふとポストに目がいった。
「あれ? 手紙が来てるみたい…誰からだろ?」
 ポストに手紙が届いていた。
 今や国民的アイドル・グループとして、人気を集める〈モーニング娘。〉は、目の回るような忙しさだ。保田圭も、そのメンバーとして、まさに時間を刻むように仕事漬けの毎日を送っている。
 手に取った手紙の宛名を見ると……「安田圭様」。
「ありゃりゃ、ま〜た間違われちゃってるよ」
 「やすだ」を正しく「保田」と書いてくれるのは、ファンくらいのものだ。
 苦笑いしながら差出人を確認する。もえぎ色の封筒の真ん中に、「小鳥遊 萌子」と小さめのかわいらしい字で書かれている。
「…誰だろ? ファンの人…のはずないよねぇ……この名前、何て読むんだろ?」
 自宅の住所を知っている人間は限られている。
 手紙が届くような心当たりはなかったが、自分宛の手紙と判断して開封すると、淡い薄桃色の便箋(びんせん)が出てきた。

 前略。
 ドドくん、お元気ですか? 私は相変わらず病院のベッドです。でも、最近は調子がいいみたい。
 専門学校の方は順調にいってますか? 
 ドドくんが上京してから1年ですね。
 最後に会ったのは、去年のゴールデンウイークですね。引っ越しが一段落ついて、帰ってきたドドくんが、私を訪ねて病院まで来てくれて、本当にうれしかった……。
 もう一度会いたいなぁ。ずっと会えなくて…寂しいです。もし、こっちに帰ることがあったら、絶対に会いに来てくださいね。お手紙もください。
 私も、またお手紙します。
                   かしこ
                小鳥遊 萌子

「……え? 何、これ?……」
 この内容は、絶対に女の子が好きな男の子に書いた手紙だ。でもなぜ、自分宛に? 
 慌てて宛名をもう一度確認する。〈安田圭様〉。字こそ違うが、確かに〈やすだ・けい〉宛だ。
 住所もこのマンション……。
「あれ? ○×△号室?」
 よく見ると部屋番号が違う。
「…まさか……」
 思い至って、その手紙を手に飛び出すように部屋を出て、エレベーターで宛先の階まで降りていく。
(どうしよう……こんな手紙読んじゃって…やっぱり怒られるよね……)
 ドキドキしながらエレベーターを降り、気を落ち着かせるように部屋の前まで、ゆっくりと歩く。
 ○×△号室という表示の下には……〈安田圭〉との文字が。
(やっぱり
 今まで気付かなかったが、同じマンションに〈安田圭〉なる人物が住んでいたのだ。
 そんな偶然に驚くよりも、圭は手紙を手に途方に暮れていた。
(……それでも、やっぱり…渡さないわけにはいかないよね……)
 しばらく悩んでいたが、やはり謝罪して手紙を手渡すしかない。
 思い切るようにチャイムに手を伸ばした。

 ピンポ〜ン――。
 一瞬の静寂。
「…は〜い」
 若い男の声が聞こえ、ドアの向こう側に人が近づいてきた気配がする。
 いざとなると、やはりドギマギしてしまう。
「や、夜分にすいません。えぇと…あの…同じマンションのものなんですが、うちに間違って郵便が届いてたんです……お返ししようと思って……」
 ガチャッとドアが開く。
「わざわざすいません」
(…きれいな声……)
 まるで映画の主人公のような澄んだ声――。少し眠そうな顔がドアの隙間から見える。歳は圭と同じぐらいだろうか。
「…そ、それで……これっ、ごめんなさい
 深々と頭を下げながら、両手で手紙を差し出す。
「?………!!
 初めは呆気にとられた青年も、封が切られた手紙を見て、やっと、圭がなぜ謝っているのか分かったようだ。
「いや…別にいいですよ……でも、宛名、書いてなかったですか?」
 意外に平静な青年の声に、圭は少しホッとしながら顔を上げる。相手の青年の姿を確認する余裕も出てきた。
 背は圭より少し高いくらい。グレーがかったトレーナーにジーパンといった出で立ち。
 先ほど聞こえた声の感じよりも、意外と地味な顔立ち。
「…あの……わたしも『やすだ・けい』って言うんです。字は違いますけど…それで書き間違えかと思って……」
「え…それじゃ仕方ないですね……でも、知らなかったなぁ。同じマンションに同じ〈やすだ・けい〉って人が住んでたなんて……どういう字を書くんですか?」
 青年は圭のことに、まったく気付いてないようだ。
「え〜っと、『保健』の『保』で、あとは同じです」
「一文字違いなんですね……」
 言いつつ、差出人を確認した安田青年の顔色が変わる。
「……よ、読みました?……あ、いや、いいです…………」
 明らかに動揺の色が見える。
「ご、ごめんなさい
 再び気まずい雰囲気――。
「…えぇと…わざわざ届けてくださってありがとうございました……」
「いえ…こちらこそ勝手に封を切っちゃって、本当にすいませんでした……あの…し、失礼します」
 もう一度深々と頭を下げて、圭は逃げるように走り去った。

 パタパタパタ……バタンッ。
「はぁ〜」
 ドアを後ろ手に閉め、大きくため息をつく。
(……ビックリしちゃったよ、もう……)
 まさか自分と同じ「やすだ・けい」という名前の人物が、同じマンションに住んでいるなんて。
 今更のように、そんな偶然に驚きを感じる。
 先ほどの安田青年の、優しげな顔が浮かんできた。真面目そうで、誠実そうで、それでいて不器用そうな笑顔。
(あれ? 誰かに似てるような……)
 誰だかは思い出せないが、余計に悪いことをしたような思いに捕らわれる。
「う〜〜っ……」
 顔をしかめて無造作に髪をクシャクシャッとかき上げた。
(……本当に悪気があったわけじゃないし、仕方がないよね)
「うん 仕方ない
 自分に言い聞かせるためだけに声に出し、大きくうなずく。
(明日も仕事だし、シャワーだけさっさと浴びて、もう寝ちゃおう……)
 鍵とチェーンを確認して、玄関から中へ、気分を変えようとワン・フレーズ歌いながら歩く。

  ♪さみしいと感じ始めたのは いつからか
    ♪勇気と同じ分だけ さみしいと思う……  (――「さみしい日」から)

「……今のとこ、半音低かったかな?」

  ♪勇気と同じ分だけ さみしいと思う

 結局、シャワーを浴びながらも、繰り返し繰り返し、納得がいくまで歌ってしまう。
 もちろん、手紙のことなどすっかり忘れてしまっていた。

 翌日――。
 自分の仕事は、午後からラジオの収録。しかし、午前中に新メンバーの石川梨華が歌の練習をすると言っていた。
 すべての曲を一通りは練習してきて、石川も
「1人で大丈夫です。頑張ります」
と言っていたが……。
 やはり気になって、様子を見に行くことにする。
 これまでのレッスンで気付いたことを書き付けたメモを、さらっと読み返し、石川のくせなどをもう一度頭に入れておく。
「…ん? そろそろ行かないと……」
 時計に目を移した圭は、荷物でいっぱいのトートバッグを肩に掛けて、部屋を後にした。
 エレベーターに乗り込んで1階のボタンを押すと、多少の浮遊感が生じて降りていく。
 ガタンと軽い衝撃に続いてドアが開く。
 てっきり1階に着いたと思った圭が降りようとすると、目の前に昨日の安田青年が立っていた。
(あれ?)
 慌てて確認すると、まだ安田青年の部屋がある階。
「あ すいません」
 横へ避けて安田青年を通す。
「い、1階でいいですか?」
「あ、はい」
(どうしよう……もう1回謝ったほうがいいかな?)
 ドアが閉まるのを見ながら、気まずい雰囲気にどうしようかと戸惑ってしまう。
「あ…あのぉ……」
 何となく上目遣いになりながら声をかけると、逆に安田青年の方から謝ってきた。
「昨日は失礼しました」
「え? いえ。こちらこそ……」
「僕、全然気が付かなくて…。〈モーニング娘。〉の保田さんですよね?」
 突然の指摘で思わずドギマギしてしまう。
「は、はい…いえ、あの……」
 その圭の様子に、なぜか安田青年も慌てたように手を振る。
「あ、いや別にだからどうってことはないんですが、昨日の手紙の返事を書いてたら、急に思い出しちゃって、何かうれしかったもんで、つい……ご、ご迷惑だったですか?」
 2人して慌てている姿が可笑しくなって、圭はくすっと小さく笑い、首を横に振る。
「そんなことないです」
「あぁ、よかった。一応、僕も芸能界っていうか、そういう方面の志望なんで、嬉しくて……」
 照れくさそうに話す安田青年は、昨晩感じたように声こそきれいだが、アーティストという雰囲気ではなかった。
「歌手…ですか? それとも俳優さん?」
「ま、大きく言えば俳優です。声優なんですけどね。専門学校に通ってて、一応、2回くらいはもう仕事ももらってるんですよ。社員研修用のビデオとかですけど……」
 安田青年を見ながら、なぜだか圭は、デビューを夢見ていたころの自分を思い出す。
「へぇ…そうなんですか」
 話しているうちに1階に着き、ガタンという音に続いてドアが開く。
「お先にどうぞ」
 〈開く〉のボタンを押しながら、圭が先を勧める。
「あ、すいません」
 恐縮する安田青年に続いてエレベーターから出る。
 バッグからサングラスを取り出すが、いかにも芸能人を気取っている感じがして、きょうに限ってためらってしまう。
「僕、先に行きますんで」
 流石に、外で並んで歩いていたら妙な誤解をされると思ったのか、安田青年が圭に声をかけてきた。
「あ、はい」
「それじゃ」
 首ごと下げるように一礼すると外に出て行った。
 それを見送ってからサングラスをかけ、圭も外に出る。
(きょうも、いい天気)
 駅へと向かう道には初夏の日差しがあふれ、さわやかな風が吹いていた。

第1章【2人の〈やすだ圭〉】◆次節「いつの間にか育った思い」

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第1章
【2人の〈やすだ圭〉】

 >1-1●ある初夏の日●
  1-2●いつの間にか育った思い
  1-3●上手く言えないけど……
  1-4●encouragement〜励まし〜
  1-5●On air

第2章
【秘めた思いが…切なくて】

第3章
【励ましたい!――コンサート目前】

第4章
【ライバル――共に進むために】

第5章
【きょうも歩む。それぞれの道を】

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