保田圭主役のモーニング娘。小説 「それぞれの道――圭ちゃん奮闘記――」
第1章【2人の〈やすだ圭〉】
1-3●上手く言えないけど……●
スタジオに到着すると、亜依が真希を待っていた。早速歌のレッスンを始める2人と別れて、石川梨華のダンス・レッスンを見に行く圭。
梨華は1人で黙々と練習していた。
「あっ、保田さん!」
入ってきた圭に気付いて駆け寄ってくる。
「夏先生には見てもらった?」
「はい。2時間くらい……でも…なかなか、できなくって」
疲れ切った表情は長時間の練習による体力的なものだけでなく、精神的なあせりもあるようだ。
これ以上は効率が悪いと判断した圭は、梨華に着替えて控室に来るように言った。指摘された点をメモに起こさせることにしたのだ。
ダンスの流れに沿って問題点を列記しながら、ときには自ら踊って見せ、アドバイスしていく。
「……だいたい、これぐらいかな。これ見ながら、復習すればいいよ」
「はい。ありがとうございます」
今夜は7時から10人そろってのダンス・レッスンになっている。今は4時半を回ったところ。
「じゃぁ、先に夕食にしちゃおうか。それで、全体でのレッスン前に2人で、もう1回復習しよう」
「はい!」
梨華の学校生活などを聞き出したり、圭自身の苦労談などを話しながら、短くもなごやかな夕食時間を過ごした。
食後の休憩もはさんで、6時20分ごろからダンスの復習を始める。先ほどのチェックポイントを1つ1つ確かめていく。
そうこうするうちに、ほかのメンバーも次々と集まってきた。
「おはようございます」
「おはようございま〜す!」
「およ?! まりっぺはきょうも元気だねぇ」
「もち! オイラはいつでも元気なのさ!」
全員がそろったところに、〈娘。〉のダンスをすべて手がける夏まゆみが登場。
「はいはい! トロトロやってると時間がもったいないよ」
手をパンパンとたたいて場を引き締めながらテキパキと指示を飛ばす。
「前回やったのを通すからね」
こうして怒濤(どとう)の3時間が始まった。
途中、裕子の「マイクロカセット矢口君」に対して、真里が「めだちたいよ〜攻撃」を仕掛けるなど、さまざま騒ぎを巻き起こしながら、新人4人もなんとかついてくる。
「はい、じゃぁここまで。きょう言ったこと忘れないように、それぞれ復習しといてね」
『はい!』
いつも通り、予定を30分ほどオーバーして全体レッスンも終了。ミーティングも30分で切り上げて、やっと解散となった。
きょうも、いつもと同じ道を通り、圭は自分の住むマンションへ向かう。
「きょうも1日、お疲れさまでした」
帰り着いた自分に、昨日と同じように話しかけてみたりする。
しかし、昨日とは違って手紙などはない。
「…………」
なぜか期待が外れたような感じ。期待していることなど何もないのに……。
“同じマンションに住んでる、ただのご近所さん”と、初めて出会ったのは昨日……なのに、なぜ、こんなに身近に感じるのだろう?
無意識のうちに鍵とチェーンをかけ、玄関から中へ。
玄関から漏れてくる明かりの中を無言でリビングへと歩き、バッグをドサリと置くと、歌が勝手に口をついて出てきた。
♪…さみしいと感じ始めたのは いつからか
♪勇気と同じ分だけ さみしいと思う…………
昨日の夜と同じフレーズ。しかし昨日と違うのは、圭が物憂げな表情であること。
そのままベッドへと足を運び、バッグと同じように自分の体も投げ出すように突っ伏した。
(……安田さん…ドドくんに会えるの、今度はいつかなぁ………)
なぜか無性に会いたくて……。
半分枕に顔を埋めながら、漏れてくるわずかな明かりで完全ではない暗闇を、いつまでも見つめていた。
「圭ちゃん、最近急にやせたね」
自分の中に生まれた想いを、圭が持て余すうちに数日が経っていた。
新曲のプロモーションのための、ラジオ番組へのゲスト出演を終えた圭と梨華、圭織、希美の4人。
引き続き、その次の番組でもゲストということで、出番待ちをしていたときに、ふと圭織が圭を見つめて話しかけてきた。
「…そう?」
「うん。それに何か疲れてるみたい」
「そんなことないよ……ダイエットしてるだけ」
軽く答えた圭だったが、実はベッドについてもよく眠れない日が続いていた。
特技は「いつでも眠れること」という圭にとって、これまでにないことだった。会えないことがつらくて、しかも、そのことを自分で認めることができなくて、どうしていいか分からなくなっていた。
「や、保田さん、私の個人レッスンにも全部出てきてくださって、疲れが出てるんじゃ……」
圭の横に座っていた梨華が、心配そうな顔を圭に向けて口ごもる。
「そんなんじゃないって。石川が心配しなくても大丈夫だから。わたしも自分の体調管理しながらやってるんだしね」
それでもまだ眉を寄せている梨華。圭はその髪に手をやって撫でながら、「ホント大丈夫だから」と繰り返す。
小首を傾げてその様子を見ていた圭織が、圭の心の真ん中を射抜くような発言を、いつも通りの何気ない口調で投げかけた。
「圭ちゃん…好きな人ができたの?」
「……何を突然言い出すのよ。そんなわけないじゃん」
内心の動揺のため、一瞬絶句しそうになるが、どうにかどもりもせずに答えることができた。
梨華や希美には、分からなかっただろう。
しかし、圭織には圭が激しく動揺しているのが分かったのだ。
「ふ〜ん、そう……」
気の乗らないような口調であっても、自分をみつめる圭織の目が、圭にはすべてを見透かしているように思えて、真っ直ぐ見返すことができなかった。
それでもそれ以上は圭織が追及してくることもなく、次の番組の出番に。新曲や3回目の増員についての感想聞かれているうちに、出演は無事に終了した。
「は〜い、お疲れさんでした!」
「お疲れさまで〜す」
時間は午後9時半をまわったところ。高校生の梨華はともかく、希美は眠そうな目をこすりこすり、何とか歩いているという感じだ。
「のの、大丈夫?」
「あ、はぁい。だいじょぶですぅ…」
全然大丈夫そうでない希美の返事に苦笑いしながら、圭織が圭と梨華を振り返る。
「かおり、ののをタクシーで家まで送ってくけど、圭ちゃんとりかっちはどうする?」
「わたし、方向違うから別で」
「私も電車なんで……」
続いて答えた梨華。圭はここから駅まで少し距離があることを思い出した。
「あ、石川は駅まで乗せてってもらったら? 駅だったら途中だし」
「…いいですか?」
「いいよ〜♪」
遠慮がちに尋ねる梨華に、圭織は明るく答える。
圭はロビーの方を指さしながら、
「わたし、ジュースでも飲んでから帰るから」
と立ち止まった。
「それじゃ、保田さん、失礼します」
「うん、明日ね」
「圭ちゃん、バイバ〜イ♪」
「バイバイ」
3人に手を振ってからロビーへと歩き出した。
「…はぁ〜あ」
思えば最近、ため息が多くなった。
放送局は不夜城とは言っても、午後10時前。スタッフは地下駐車場から出入りするから、ロビーへと続く廊下には人通りはない。靴音の響くなかを1人歩く。
(そういえば…)
ふと、先日この局で安田青年と出会った時のことが脳裏をよぎった。
(あのときは、ロビーに入ったら奥の待合コーナーのところに座ってたんだよねぇ……)
思い出しながらロビーへと足を踏み入れる。再びの偶然を期待しながら……。
(…! ウソッ……)
引き寄せられるように待合コーナーの方に目をやると、まるで前回の再現のように、ソファーに腰掛けて鉛筆片手に台本を読み込んでいる安田青年が座っていたのだ。
思わず立ちつくす圭。あまりのことに幻を見ているのかと思ったが、もう一度確認しても、それはやはり安田青年だった。
胸元に手を当てて、大きく息を1つつく。
(わたし、こんなにドキドキしてる……)
ドクン! ドクン! と心臓の音は高鳴り、部屋中に響き渡るのではないかと思ったほどだった。
必死に何度も深呼吸するが、それとは反比例して音は大きく高鳴っていく。
(別に避ける理由はないけど……今会うのは…緊張するよ……)
陰からそっと見つめつつ、ここをさりげなく通りすぎるか、別の道を行くか迷っていた。
安田青年はそんな圭に気付くはずもなく、黙々と台本のセリフを反復している。
そんな時、ブルブルブル……圭のバッグから、振動が伝わってきた。
急いでバッグを開けると、携帯の着信を知らせるようにディスプレイが光っている。
(誰よ! こんな時に限って!!)
圭は焦るあまり、携帯を取り出そうとバッグに手を入れる。携帯をつかんだと思った瞬間、うっかり手を滑らせてしまった。
ガッシャーン! と言う音を立て、バッグは足元に落ち、中身をまき散らす。
中に雑に仕舞われていた、雑誌やお菓子やポーチ、財布やMDまでが廊下に散乱する。
「大丈夫ですか……あっ!」
「だ、大丈夫です……ああっ!」
案の定、そこに居たのは安田青年。
台本をズボンの尻ポケットに突っ込み、圭の荷物を必死にかき集める。
圭は固まってしまい、動けずにボーッと突っ立っていた。
その間に安田青年は、黙々と散らばった荷物を拾ってバッグにつめていく。
「えぇと…拾い忘れはないと思うんですけど……」
周囲を見渡してから立ち上がり、圭の方にバッグを差し出す。
「はい、どうぞ」
「………あ、はい! あ、ありがとうございます」
圭の視線はズ〜ッと安田青年を追っていたが、ほほ笑みかけられているのが自分であることを理解するまでに数瞬を要した。
「す、すいません。拾ってもらっちゃって……」
「いえ。大したことないですから」
ニッコリ笑っている安田青年の目に引き寄せられそうな自分に気付いて、オロオロと視線をさまよわせる圭。
「あ、あの……何を…してらしたんですか?」
「僕ですか? この間のオーディションに運良く合格できて、さっきまで収録だったんですよ」
「え?! 合格されたんですか。おめでとうございます!!」
「どうも…まぁ、これからですよ」
言いつつも本当に嬉しそうな安田青年の姿を見て、なぜだか圭も自分のことのように喜びがこみ上げてきた。
(この人も、夢に向かって歩いてるんだ……)
一歩一歩、自らの道を確かに進んでいる。そのことに共感し、本当に嬉しかった。
「でも、すごいじゃないですか!…そうだ! いつ放送されるんですか? わたし、絶対聞きます!」
「え?! でも月曜日の夕方5時40分ですよ。ありがたいですけど、お忙しいでしょう?」
自分以上に興奮している圭に面食らっている。
「…じゃぁ…録音します! ドドくんの番組、絶対聞いてみたいから」
大きな目をさらに見開いて語る圭。
それに気おされつつも、にこやかに「ありがとうございます」と答える安田青年。
圭は何だかとても、自分が満たされていると感じた。
(…もっと一緒にいたいな……)
「あの……」
しかし、流石に(これから、どうされるんですか?)と聞くのはためらわれた。
(何か、誘ってるみたいじゃない)
「…あの……」
ブルブルブル……圭の携帯電話が、また振動し始めた。
慌ててバッグから携帯電話を取り出しながら、(誰だろぉ?…もう…)と思ってしまう。
「はい。保田です」
『あ、圭ちゃん? 私』
「あれ、後藤。どうしたの?」
『うん…圭ちゃんにちょっと相談したいことがあるんだけど……』
電話から聞こえる真希の声は、常になく深刻に感じられた。
「…じゃぁねぇ……」
ちらっと安田青年の方を見ながらも、(…後藤の方が大事だよね)と、自分を納得させる。
「…後藤んち、行こうか?」
『ううん。圭ちゃんに悪いし、電話でいいよ』
「それじゃ、今まだ帰ってないから、家に着いたらこっちからかけ直すよ。それでいいかな?」
『うん。ごめんね、圭ちゃん』
「いいよ。じゃ、後で」
ピッ。
「お話の途中で、すいません。わたし失礼しないと…」
「いえ、気にしないでください」
圭はペコリと頭を下げてから、1、2歩進み、思い出したように振り返る。
「あ、月曜日の放送、本当に絶対聞きますから!」
「ありがとうございます」
ほほ笑みながら小さく手を振る安田青年に、圭もニッコリと笑顔を返し、足早にその場を去っていった。
いつもなら駅まで歩いて電車で帰るのだが、きょうは思い切ってタクシーに乗った。
たったそれだけなのに、何か特別な日のように思える。もちろん、一番の原因はタクシーなんかではなく、思わぬ再会のためなのだが……。
(ドドくんの番組、どんなのだろう)
背もたれに身を預け、ボ〜ッと窓の外を流れる景色を眺めながら、安田青年の様子を思い返す。
安田青年はあくまで脇役だと言っていたが、それでもかなりの思い入れが感じられた。
(…声だけで生命を吹き込むなんて…何だか…すごいよねぇ……)
思いを歌で届けたいと願ってやまない圭には、ある種の共感と尊敬が迫ってくる。
ここ数日では珍しく穏やかな帰途。
タクシーは、圭のマンション前の通りへゆっくりと、すべるように進んでいった。
第1章【2人の〈やすだ圭〉】◆前節「いつの間にか育った思い」へ ◆次節「encouragement〜励まし〜」へ
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