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第1章
【2人の〈やすだ圭〉】

  1-1●ある初夏の日
  1-2●いつの間にか育った思い
  1-3●上手く言えないけど……
  1-4●encouragement〜励まし〜
 >1-5●On air●

第2章
【秘めた思いが…切なくて】

第3章
【励ましたい!――コンサート目前】

第4章
【ライバル――共に進むために】

第5章
【きょうも歩む。それぞれの道を】

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「それぞれの道――圭ちゃん奮闘記――」
第1章【2人の〈やすだ圭〉】

1-5●On air●

 それから数日も、テレビ・ラジオの音楽番組への出演やレギュラー番組の収録、雑誌などの取材、それらの合間をぬってのボイス・トレーニングやダンス・レッスンなどなど、目の回るようなスケジュールだったが、秘かに安田青年の出演するラジオ・ドラマを楽しみにしながら、充実感のなかで過ぎていった。
 月曜当日の新聞を見ると、ラテ欄(ラジオ・テレビ欄)には「花びらの便り」というタイトルが書かれていた。
(どんなストーリーなんだろう? ドドくん、何の役で出てるんだろう?)
 詳細が分からないまま心待ちにしてきただけに、ワクワクしてくる。
(ドドくん、あんなに頑張ってたもんね……)
 自分が歩くのと同じ、夢を実現するための厳しい道。
(…一緒に道を歩ける人がいたらいいのに……それがドドくんだったら……)
 夢見るように思いを馳せる。それは、惹かれた理由も判然としないまま、人を好きになれる自分に浸っている状態だった。
 そんなことに気付かずに、いや気付かない振りをして、圭はただただ、ラジオ番組を心待ちにしていた。

 だが……こういう時に限って、早く家に帰ったりできないものなのである。それも仕事ではなく。
「やったぁ まだ8時じゃん。ねぇ、みんなで晩ご飯食べに行こうよぉ」
 歌番組の収録がスムーズに終わってご機嫌な真里が、「おねだり」を始めた。
 皆に向けての発言だが、こういうときのポイントは外さない。リーダーである裕子を押さえれば勝ちなのだ。
 言葉にはしないが、(ねぇねぇ、裕ちゃんいいでしょう?)という視線を送り続けている。
「だってさぁ、4人が入ってから、お弁当以外で一緒に食事したことないんだもん。たまにはちゃんとしたお食事行きたいよぉ」
 大義名分まで、ちゃんと用意していた。
 裕子としても、真里に乗せられているのは承知の上だが、悪いことでもなし、行ってもいいかなという気になった。
「そうやなぁ……」
「でも、10人で行けるとこって難しいよ」
 きょうでなければ食事も悪くないのだが、予約録音しているラジオ・ドラマが気になって仕方がない圭が、そう言って渋る。
「それがあるんだよねぇ」
「ホント?」
「亜依ちゃんが泊まってるホテルのレストラン、結構空いてるし、11時までやってるんだぁ」
「……そう言えば、亜依ちゃん、やぐっつぁんが急に遊びに来たことがあるって言ってたね」
 真希は亜依が嬉しそうに話していたのを思い出した。
「はい。口紅までもらっちゃいました」
 ニコニコ笑顔の亜依。
「みんな、どうする? あたしは行くけど」
 裕子の一言に、なつみや圭織もうなずく。
「そうだねぇ……たまには良くない?」
「のの、かおりが送ってくから一緒にいこ?」
「はい
 などなど、結局全員が行く気十分。圭1人だけが抜けることができるような雰囲気ではなかった。
「……じゃ、早速行こうよ」
 こうなったら、さっさと行ってさっさと帰るしかない。
(あ〜ぁ……)と心の中でため息をつきながら、皆と一緒に食事へと向かうのだった。

「圭ちゃん、どうしたん? 食欲ないんか?」
 レストランで、裕子は圭の顔をのぞきこんで言った。
「わ びっくりした…別になんでもないよ」
「ほんまか〜?」
「本当だよ 心配ご無用、保田圭は健康そのものでございます」
「それなら、えぇんやけど」
と言うと裕子は再び食事を始めた。
 正直、圭の心の中は穏やかではなかった。安田青年のことが片時も頭から離れず、食事どころではなかった。
 今年で20歳になろうかという圭だ。恋愛経験だって、それなりにある。
 しかし……本当に自分の気持ちが、安田青年への恋心なのかも判別つかないでいる。
 まして、最初から相手に彼女がいることが分かっているのだから……。
(でも……ドドくんから直接、彼女がいるって聞いたわけじゃないし……)
 自分勝手にそんな都合のいいことを思い浮かべているのに気付いて、自分が情けなくなる。
(別に恋愛感情ってわけじゃない。これは…その……)
 いろいろ言い訳に逃げてみようとも試みて見るが、やっぱり自分にウソをついたって仕方がない。それがウソだと自分には分かっているのだから。
(もしドドくんにわたしの気持ちがわかっちゃったら…やっぱり迷惑だって思われちゃうんだろうなぁ……そんなの嫌だよ ドドくんに何だこいつって思われたりしたら、わたし……)
 どんどんと嫌な想像が広がって、気が滅入ってくる。
 自然と表情も暗くなり、眉間にしわを寄せて今にも泣きそうだ。
 裕子だけでなく、その隣に座っている梨華もその様子に気付いて、
「や、保田さん、これ、おいしいですけど、食べられますか?」
などと話しかけるのだが、無理をしたようなあいまいな笑みを返されるだけで、圭の顔を見て口をパクパクさせて梨華まで悲しげな顔をしてる。
(いけない、いけない。こんなことで石川にまで心配かけちゃ)
 小さく首を振って深呼吸。何とか安田青年の姿を脳裏から追い払う。
「石川、ごめん。ちょっとボ〜ッとしちゃってた。これ、もらっちゃってもいいの?」
「あ、どうぞ」
 梨華は慌てて皿を差し出し、「ありがとう」と言いながら圭が伸ばした箸の動きを、じっと見つめる。
「…うん。これ、おいしいじゃん
「本当ですか?! 良かったぁ……」
 まるで自分が作った料理を誉められたように喜ぶ梨華。その後も、何かと気を回してくれる梨華に心配をかけまいと、圭は笑顔に努める。
 その間にも、言い出しっぺの真里が大はしゃぎ。皆を巻き込んで、にぎやかなお食事会をさらに盛り上げている。
「この間、圭ちゃんとごっちんが『プッチモニの秘密会議する』って言ってたから、矢口とかおりんも『タンポポの秘密会議』したんだよ。ねぇ〜、かおりん」
「そうそう……実に有意義な会議だったよ」
 大まじめな顔でうなずく圭織を見て、なつみと真希が顔を見合わせてクスクス笑っている。
「秘密会議って、どんなことを話し合ったんですか?」
 ひとみが真顔で尋ねる。
「ふっふっふ…秘密会議の内容を簡単にもらすわけにはいかないな
「そうですか…じゃ、仕方ないですね」
 少し残念そうにそう言うと、ひとみはまた食事を口に運ぶ作業に戻った。
「えっ? 吉澤、聞きたくないの?」
 あまりにあっさりしたひとみの返答に、言い出しっぺの圭織の方が肩すかしを食らわされた感じで、意外そうな声をあげる。
「は? いえ、まあ、そりゃ、聞きたいですけど〜……でも、秘密の内容なんですよねぇ?」
 ひとみは表情ひとつ変えず、少し遠くを見るような視線で、あくまでもマイペースに答える。
 メンバー内では圭織に次ぐ163センチの長身と、若き日の大女優・野際陽子、あるいは若手女優・本上まなみにも似ているといわれる、整った美人顔の15歳の少女は、その大人っぽい外見故に、クールで物静かな印象に見られることが多い。
 しかし、時々見せる言動は結構天然系でおっとり、微妙に大人と子どもの入り交じった、ちょっと真面目で少し不器用な15歳の少女の、透明感のある魅力的な素顔が垣間見られる。
「―い、いやぁ〜、それはだねぇ… 秘密と言っても必ずしも教えられないと言うモノではないんだよ、うん。キミさえその気になれば、秘密会議の内容を教えてあげてもいいのだよ」
「え〜。私がその気になれば、ですかぁ?…???…どうしようかな…?」
 圭織の言葉を真に受け、ちょっと真剣な顔で考えるひとみを見て、横から教育係である真里が、苦笑いしながらフォローを入れる。
「え〜っと…まぁ、いいや この件については、ここではなんだから、また後ほど連絡する いいかな、よっすぃ〜?」
「あ? はい。わかりました」
 ひとみはそう答えて、圭織と真里にほんわかとした優しい笑顔を見せる。
 基本的にひとみは真面目な娘だ。しかし、彼女の見せる真面目さは、圭が指導している梨華の持つ真面目さとはまったく異質のものであった。
 梨華の場合は、中学時代テニス部の部長をしていたことなどもあって、他人に対する目配り等の、いわば「外に向けられる真面目さ」である。それ故、時として周囲の雑音に振り回されて自分を見失いそうになり、悩んでいることすらある。
 一方、ひとみの場合は、まず周囲に振り回されることはない。仕事に対しても勉強に対しても自分のペースを持っていて、それを崩すことなくこなしていくタイプである。
 すなわち、「内に向けられる真面目さ」がひとみの特徴なのだと圭は感じていた。
 そんなひとみは、ダンスにしても、歌にしても、課題とされる表現力にしても、いたって真剣に取り組んでいる。彼女のマイペースさは、それらの課題に、よく言えば「独特の味わい」、悪く言えば「こなれてなくて不器用な素人っぽい印象」を与えているようだ。
 しかし、おそらくもう少し慣れてリラックスできるようになれば、いつかはそうした点もひとみ自身の独特の味わい・個性となって、多くのファンの心を掴んでいくに違いない。
 ―それが、自分たちも辿(たど)ってきたように、ひとみがこれから辿って行く道でもあるのだろう―
 圭織や真里とひとみとのやりとりを見ながら、圭はふと、またそんなことを考えていた。

 そんな圭と、梨華との間に座り、いつの間に注文したのか1人でビールを飲んでいた裕子が、ふと気付いたように梨華に話しかける。
「そう言えば…梨華ちゃんは1985年生まれなんよね?」
「はい。1月19日です」
 これまで裕子と直接話をする機会は少なかったが、日ごろの様子から、思っていた以上に裕子が優しく、意外にお茶目であることを梨華は知っていた。
「明日香と1カ月しか変わらへんのやなぁ」
 小さく「そっかぁ」とうなずいた裕子。
「ちょ〜〜っとだけ歳の差あるけど、仲良ぉしよなぁ」
「はい」
 ニコニコ顔でこたえる梨華に、目尻を下げる裕子。
「かぁわいい」
「いえ、そ……」
 急に裕子の顔が近づいてきたかと思うと、「んなぁ〜」と続ける前に突然キスされてしまう。
 数瞬の硬直の後、急激に赤面する梨華。
「あぁ 裕ちゃん、何してんのよ?!
 梨華の様子に気付いて、慌てて圭が裕子に詰め寄る。
「何…って、ちょっと、あたしのメンバー愛を……」
「メンバー愛って…そうじゃなくって 石川、こんなに真っ赤になっちゃったじゃない」
「ホンマ、かぁわいいわぁ〜」
 圭に言われても反省する様子もなく、梨華を見ながらますます目尻を下げる裕子。
 それを見ていたひとみ、亜依、希美は目が点。残りのメンバーも「ありゃりゃ……」と苦笑している。
「裕ちゃん、いくら何でもいきなりキスはないでしょ? まぁ、裕ちゃんのキスはメンバーへの親愛の表れだって、わたしたちは知ってるよ。でも、石川たちはそんなこと知らないわけだし、もっとじっくり時間をかけて石川との距離縮めてからでも良かったんじゃないの?」
 圭はわざと抑えた声でじっくりと裕子に語りかけた。
「や、保田さん……あまり中澤さんを責めないでください。ちょっとビックリしちゃっただけなんで………」
 いつもと違う圭の雰囲気に、梨華が慌てたように言った。
「石川……あんたはやっぱ優しいね。気にしないでいいよ。こういうことは、ちゃんと言っとかないとね」
 圭は梨華の頭を軽くなでてやると優しくほほ笑みかけた。
 そんな圭と梨華のやりとりを聞いていた裕子。
「……圭ちゃんの言う通りやわ。ホンマ、ごめんなぁ」
「裕ちゃん、分かってくれたの?」
 意外にも素直に納得してくれた裕子に、圭は逆にビックリしてしまう。
「分かったでぇ。もっと梨華ちゃんとの距離を縮めなアカンわ
 うんうんと何度もうなずく裕子に、不安の眼差(まなざ)しを向ける圭と梨華。
「……保田さん」
「何?」
「やっぱり…中澤さんと、もっと仲良くなった方がいいですよね?」
「…そりゃぁ……まぁ、ねぇ…」
「でも……そうしたらキスされちゃうんですよね?」
 ためらいがちに尋ねる梨華に、一瞬圭は口ごもる。
「……わたしたちは、もう慣れちゃったけどね……〈娘。〉…である限り、仕方ないかもね……」
 圭の言葉に、梨華だけでなくほかの新メンバー3人も悲壮な顔になった。
 これもまた、“新メンバーたちが乗り越えなければならない試練”なのかもしれない。
「はぁ〜〜……」
 なぜか1人ルンルン気分の裕子を見ながら、圭と4人は大きくため息をつくのだった。

 そんなこんなで、騒がしくもほほ笑ましいお食事会もお開きとなり、新メンバーを送っていったりしながら自宅へと向かう。
 いつもはゆっくりと歩く帰り道だが、きょうの圭は足の運びがどうしても早くなる。
(ちゃんと録音できてるかな?)
 日ごろから自分たちの出演したラジオをエアチェックしたりしているのだから、間違いはないと思いながらも、不安になってしまう。それでいてワクワクと心が弾んでもいるのだ。
 やっと自宅へと帰り着くと、鍵をかけるのももどかしく、ミニ・コンポの前にペタンと座る。
 電源を入れてリモコンでMDに合わせると、カチャカチャッ、カシュ〜と軽い作動音の後、番組直前のCMが流れる。
 続いて、静かな女性の声が聞こえてきた。
『FMボイス・シアター』
(良かったぁ、ちゃんと録れてる……)
 大きな目をさらに見開いて、ミニ・コンポをじっと見つめながら、安堵の息をつく。
『私の一番の友だち・アヤメちゃんとの出会いは、小学校に入学したばかりのことでした。私の自宅の机の上で……』
 ここで柔らかなピアノ曲が流れ始める。テーマ曲のようだ。
 しばらくして曲にかぶせて、さきほどの女性がナレーションを入れる。
『岩指未森(いわさし・みもり)原作、西古東起男(さいこ・ときお)脚本、〈花びらの便り〉第1回―小さな小さな私の友だち―……』
 曲が静かに終わり、女性の声だけが穏やかに流れる。
『――生まれつき体の弱かった私は、自分の部屋の中で絵を描いたりするのが好きでした。当然、友だちもなかなかできず、その日も、部屋でお花畑にいる女の子―今思えば自分だったのでしょうね―を描いていたのです』
 ざわざわっという木々のざわめきの効果音。
『――ふと気が付くと、いつの間にか窓がほんの少し開いていて、そこから風と一緒に外の音が流れ込んできていました。(あれっ?)と思った私でしたが、吹き込んでくる風が心地よかったので、そのまま絵の続きを描こうと画用紙に視線を落とすと、そこには、小さな小さな女の子がいたのです。
 小さな女の子:こんにちは 
 ――その小さな小さな女の子は、ニッコリ笑って私を見上げていました。女の子は、私が使っていた消しゴムより少し大きいくらいの背丈しかありません。私は、何と言ったらいいか分からなかったので、
 私:……こんにちは
と返事をするしかありませんでした』

 どうやらメルヘンな感じの作品のようだ。小学校のときの国語の教科書に出ていた童話を思い出す。
 本読みで指名されて一生懸命読み、先生から「保田さん、上手ねぇ」とほめられたとき。少し恥ずかしくて、すごく嬉しかった……。
 そんなことを思い出している間にも、ドラマは進んでいる。
『私:あの…あなたは、だぁれ? 
 小さな女の子:私? 私はアヤメ……びっくりしちゃった? 
 私:うん…ちょっと………
 アヤメ:ちょっと? 良かったぁ。びっくりして目を回しちゃったら、どうしようかって話してたんだぁ。
 ――そう言う小さな女の子・アヤメちゃんと2人で見詰め合って、そしてクスクスと笑いあいました。何だか可笑しくて、ワクワクしていました。
 アヤメ:あれ? そう言えばアイツどこいったんだろう? 
 ――キョロキョロと見回していたアヤメちゃんが、本棚の上を見上げて手をバタバタと振って言いました。
 アヤメ:もう、そんなとこにいないで、こっち来てごあいさつしなさいよ 
 ――すると、本棚のほうから、何か小さなものが飛んできたと思うと、小さな小さな男の子が、もう机の上に立っていたのです。
 小さな男の子:………こんにちは…オレ、いや僕、ユイト…です』
(あっ ドドくんだ
 待ちに待った安田青年の登場に、息すら止める勢いで真剣に聞き入る圭。

『――ぶっきらぼうにチョコンと頭を下げてあいさつした小さな男の子・ユイト君は、頭をガシガシとかいたり、ちょっと落ち着かない様子でした。
 アヤメ:何、恥ずかしがってるのよ 
 ――クスクス笑いながら、からかうようにユイト君に話しかける姿はまるで兄弟のようでした。
 ユイト:……これ…。
 ――ユイト君はゴソゴソと何かを取り出すと、私の方に手を突き出しました。よく見ると、その手に何かにぎっています。
 私:……何かしら? 
 ユイト:……お土産……。
 ――そう言うと、両手をさらにグッと私の方へ突き出します。私が右手のてのひらを広げて差し出すと、その真ん中にチョコンと何かを置きました。よ〜く見ると、それは小さな小さな鏡のようでした。
 アヤメ:ユイトが作ったんだよ。
 ――まるで自分が作ったかのように、アヤメちゃんがエッヘンと自慢して言いました。
 私:ありがとう。
 ――私がお礼を言うと、ユイト君は初めてニッコリ笑って、恥ずかしげに手を振りました。
 ユイト:…もう日が暮れるから……。
 アヤメ:えぇ もう? 
 ――ユイト君がアヤメちゃんをうながすように言うと、アヤメちゃんはほっぺをプ〜ッとふくらませました。でも、すぐに機嫌をなおして言いました。
 アヤメ:明日、また今ごろここに来るね。
 私:うん 待ってるね。
 ――私は2人にいろいろなことが聞きたかったのですが、がまんしてアヤメちゃんの方に手を差し出しました。その人さし指だけを抱えるようにして、アヤメちゃんはニッコリ笑いました。
 アヤメ:約束。
 私:うん、約束ね。
 ――2人でほほ笑んでいると、ユイト君はまた難しい顔のまま、ペコリと頭を下げていなくなりました。私には何かが窓の方に飛んでいったようにしか見えませんでした。
 アヤメ:あ、待ってよぉ〜。また、明日ね? 
 私:また、明日。
 ――そう言うと、アヤメちゃんもいなくなってしまいました。私は、ユイト君からもらった鏡を大事にしまってから、窓をそっとしめました』
 ここでまた静かなピアノ曲が流れはじめる。
『FMボイス・シアター 、〈花びらの便り〉第1回―小さな小さな私の友だち―。
 ナレーション:日南のり子』
『アヤメ:冨田みな子』
『ユイト:安田圭』
 本人の声で名乗りが入った。
『……の3人でお送りしました』

 無口な男の子の役ということで、安田青年の声が少なかったのは少し残念だったが、聞き終えた今でもドキドキしている。
 ストーリー自体も、とても可愛らしくて気に入ってしまった。
 飼い犬に話しかけるとき、絶対通じていると確信している圭だ。人間以外の友だちができたら、どんなにいいだろうと思ったことは数限りない。
 今から次回が楽しみで仕方がない。
 それと……
(ドドくんに、感想、どうやって伝えようかなぁ……)
 とは言っても、部屋以外は、電話番号もメール・アドレスも、連絡先は何にも知らない。
(どうしよう……)
 直接部屋を訪ねるしかないのだが、何だかそれも恥ずかしい。
「う〜〜…どうしよう…どうしよう……」
 ベッドの上を右へ左へゴロリゴロリと転がりながら唸(うな)っているうちに、時計の針は2本そろって真上に。
(ありゃりゃ…明日になっちゃうよぉ……あ、そうだ。メールチェックしないと……)
 ごそごそとベッドから出て、パソコンを起(た)ち上げる。
 受信メールを確認すると4件。1つ1つ開いていった。

ハロハロ〜
送信者: まりっぺ
宛先 : けいちゃん
件名 : ハロハロ〜

 チュ〜ッス! 矢口だよん
 きょうのお食事会、たのしかったね〜〜 V(^^)
 料理もおいしかったし、新メンバーともいろいろお話できて、わらわは満足じゃ〜!! 
 また絶対、絶対絶対ぜぇ〜ったい、お食事会しようね。
 それでは、さらばじゃ〜〜!!

ごめんちゃ〜い
送信者: なっち
宛先 : けいちゃん
件名 : ごめんちゃ〜い

 は〜い、なっちで〜す! と言っても、ノッチさんじゃありません(^-^)〈なっち〉です〜!! 
 けいちゃん、きょうの歌撮りのとき、なっちがセンターから逃げるの遅れちゃってごめんね〜 m(_ _)m
 後ろからけいちゃん、出にくかったっしょ? 
 しっかりしろ > なっち
 次から、ホントに×2、気をつけるからね。
 それじゃ、明日。ばいちゃっ!!』

お疲れさ〜ん
送信者: ゆうちゃん
宛先 : けいちゃん
件名 : お疲れさ〜ん

 どもども、中澤裕子でございます。
 きょうも1日お疲れさ〜んでした。
 最近、ごっちんも元気になってきたし、きょうもキスのことで怒られたり、圭ちゃんには、お世話になっとりますです。ありがとう。
 頼りにしてますよ、圭ちゃん。
 20歳になったら一緒に飲みにいこな。そんときは、逃がさへんで〜。覚悟しとくように。
 明日も元気で頑張りましょう。ではでは。

P.S. なっちにメール送ったら、読めないって言われた。どうして? また、教えてください

追伸追し〜ん!
送信者: まりっぺ
宛先 : けいちゃん
件名 : 追伸追し〜ん!

 またまた、愛しの真里でっす! (^-^)
 あのねぇ……プッチモニの秘密会議の内容、こっそり矢口にだけ教えてぇ〜!! 
 もう、気になっちゃってしようがないのだ〜! 
 明日、タンポポの秘密会議の話と取り引きってことで、どう? ダメって言っても、絶対聞き出すので、そこんとこヨロシク!』

 ほとんど毎日会う仲間なのに、こうやってメールをもらうと、やっぱり嬉しい。どこか安心する。
 疲れてイライラしている時でも、何となくほっとしたり、ニヤッとしたりするのだ。
(やぐっつぁん、ホントうれしかったみたいだねぇ…つき合ってあげたかいがあったってもんだよね)
とか、
(なっちも頑張るねぇ……わたしも負けませんゾ
またまた、
(いやいや、こっちこそリーダーのこと、ホント頼りにしてるんすから……)
そして、
(ん? 秘密会議の内容ねぇ。どうしよっかなぁ……)
などと考えながら、パタパタと返事を書いては送る。

 面と向かっては恥ずかしいようなことでも、メールだと素直な気持ちをそのまま書ける。
(…ドドくんにも、お手紙書いてみようかなぁ……)
 ふとそういう考えとともに、安田青年の恋人・小鳥遊萌子からの手紙が脳裏をよぎる。
(そうだよ。手紙で出会ったんだもんね。わたしから手紙を出してもいいよね)
 大きく2回うなずくとパソコンの電源を落とし、淡〜い水色の便箋を取り出す。おもむろに姿勢を正して机に向かうと、迷い迷い、筆を走らせる。

前略。手紙では初めましてですね。
 お約束していたラジオ・ドラマ、しっかり聞かせていただきました。
 おとなしくて優しい声の日南さんの〈私〉と、元気で活発そうな冨田さんのアヤメちゃん。お二人のやりとりがほほ笑ましくって、わたし自身の小学校時代を思い出したりしました。
 わたしも〈夢見る少女〉だったころがあるんですよ。
 もちろん、ドドくんのユイト君も、恥ずかしがり屋で女の子に素直に話せない男の子って感じが出ていて、とても可愛らしかったです。
 な〜んて、素人のわたしが言うと生意気ですね。でも一回目を聞いて、本当にワクワクしてきたんです。絶対、これからも聞きますから、ドドくんも頑張ってくださいね。応援してます。
                 かしこ
    ユイトくんの一ファン・保田圭より


 何度も読み返してから、何も書いてないもう1枚と重ねて、便箋の端と端をキッチリそろえて折る。折り目も大きな目を寄せてキュッキュッと真っ直ぐになるように、しっかり押さえる。
 封筒はクリーム色で横書きのもの。
 呼吸を止めて、表に『安田圭様』、裏に『保田圭』と1文字1文字丁寧に書く。
 便箋を中に収めると、これもまた慎重に封を折って、左手で押さえ、右手の人さし指の爪でス〜ッと真っ直ぐな折り目をつける。
 最後に、少し大きめのネコのシールで封をしてでき上がり。
 真剣な目で表、裏と確認して、満足のいく出来に短く「ハッ」と息をつき、笑顔がほころぶ圭。
(これを明日の朝、ドドくんのところに投かんして…………)
 机の上に手紙を置いて考え込む。
(……今から投かんして来ちゃおう
 朝まで待ってなんかいられない。ワクワクして早足になりがちなのを我慢。静かに静かに廊下を歩いてエレベーターに。安田宅のドアの郵便受けに、大切にそっと差し入れたのだった。
(よしっ……)
 近所迷惑にならないよう小さくガッツポーズをしながら圭は郵便受けを見つめた。
(ドドくんが気付いてくれますように)
 祈るように、ポンポンと小さく手を打つと、圭は自宅に戻って行った。
(ちゃんと気付いてくれるかな? 返事とか来るかな?)
 圭は正直少し不安だった。
「大丈夫だよ、しっかりしろ保田圭」
 自分を励ますように小声で呟(つぶや)く。
 ベッドの上でぼんやりと天井を眺めていると、突然圭は体を起こした。
「やっばぁ〜、ドドくんのラジオ気にしてて自分のラジオ録るの忘れてた」
 圭はコンポを見つめながら苦笑した。
 軽〜く自分の頭を小突きながら一言。
「情けないぞ、こいつぅ
(ドドくんが、自分の夢に向かってあんなに頑張ってるのに……)
 こんなことじゃ、いけない――ギュッと唇を引き結んで、自分に言い聞かせる。

  ♪歌うわ でも 歌うわ でも なぜだか歌いた〜い
    ♪叶うわ 夢 叶うわ そう信じて生きてくぅの〜……   (――「乙女の心理学」から)

(わたしは歌いたくって〈娘。〉になったんだから、そのためのお仕事は、何だって全力投球しなきゃ)
 気合を入れ直して床につく。
「ふ〜〜っ」
 目を閉じて、(そうだよ、ドドくんも頑張ってるんだから…)と思いながらゆっくり息を吐き、数秒後には夢の世界へと沈んでいった。

第1章【2人の〈やすだ圭〉】◆前節「encouragement〜励まし〜」
第2章【秘めた思いが…切なくて】

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