「湯気のベール」
カポ〜〜ン――ざざぁ〜〜――。
「…っふぅ〜……」
「……いい湯だねぇ……」
明日香と圭が、2人そろって大きな浴槽に浸かって満足顔。
縁に両手をそろえて、その上にあごをのせた格好まで2人おそろい。
「…たまには銭湯もいいでしょ?」
「うん……いいねぇ……」
3rdシングル「抱いて HOLD ON ME!」のプロモーションが一段落しての貴重なオフ。
明日香の、
「いいとこに連れてってあげるよ」
との言葉に、圭が喜んでついて来てみたら……明日香行きつけの銭湯だった。
連れてこられた圭が、
「えぇ〜! いいとこって…ここぉ〜??」
と言ったのは当然の感想だったろう。
しかし、最近の銭湯は結構こっている。
打たせ湯に薬草風呂、ジェットバスetc.
明日香に手を引かれるようにしてそれらを回っているうちに、圭もだんだんのって来た。
日ごろ、家の風呂にしか入りつけてない圭にとって、かなり新鮮な体験だった。
一通りめぐれば、もう夢見ごこち。
「…っはぁ〜……」
「…ふぅ〜……」
湯船に浸かって、2人そろって至福の時間を過ごす。
「……ねぇ、明日香?」
「ん〜?」
「明日香の目標っていうか…夢って何?」
まったりした雰囲気が、そんな突然の質問をも包み込む。
「目標? ん〜突然言われてもねぇ…」
「…わたしはさぁ……」
パシャン。圭が向き直って、小さな波が静かに広がる。
どこかポワワ〜ンとした目を、明日香へと向ける圭。
こんな近くであっても、湯気が薄いベールをかけている。
「やっぱり、ずっと歌う人でいたい…歌だったら自分の思いを伝えられるようになれそうな気がするし……だから……〈娘。〉になれてうれしかった。つんくさんとか、みんなにも会えたし……」
歌番組に出ても、トークではまったくと言っていいほど目立つことの出来ない圭だったが、歌の面では、サビで明日香のバックアップ・パートを勝ち取るなど、着実に自分の位置を固めてきていた。
「そっかぁ〜……」
日ごろは、あらたまってこんなことを言うのは恥ずかしいが…今は2人とも自然な感じで会話できる。湯気のベールのマジック。
「……明日香は?」
「……“いて欲しい人”…かな……」
「ん?」
キョトンとした顔で、圭が明日香を見返す。
「うちのお爺(じい)ちゃんがね…私が小さいころに教えてくれたんだぁ……『世の中には3種類の人がいる。“いて欲しい人”“いてもいなくてもいい人”“いては困る人”』って……」
穏やかな目を圭に向けながら話す。
「だから…今は力をつけて、みんなから『明日香がいないとね』って言われるようになりたいかなぁ……」
「ふ〜ん…“いて欲しい人”かぁ……」
それぞれが考え込むように沈黙が広がる。
“目標”“夢”――。
面と向かっていても、湯気のベールが気恥ずかしさを隠してくれる。
カポ〜〜ン――ざざぁ〜〜――。
そんな銭湯での一コマだった。
「湯気のベール」(完)
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