「上り坂もあるさ!」
地方コンサート・昼の部が無事終わって、皆で笑顔と他愛ない言葉を交わしながら楽屋に戻ってくる。
大き目のタオルで顔を覆ったり、ドリンクで水分を補給する間に汗もひきホッと一息。
「あれ?! 圭ちゃん、きょうパソコン持ってきたの?」
「うん…メールチェックしようと思って……ん?…」
画面を見ていた圭は、到着していたメールの1つに目を留める。
「……矢口…あんたもパソコン持って来てたの?」
真里から2分前のメールが届いていた。
「エヘヘ…返事よろしくぅ〜」
「…は〜い…」
(何だかなぁ……)
一緒に仕事して、今もすぐそばにいるのにわざわざメールを送ってくる真里に、半分あきれつつ、それでも何かほほ笑ましくて、真面目にパタパタと返事を打つ。
さてと……)
メールチェックも一通り終わって、ちょっとファン・サイトをのぞいたりする。
(へぇ…もう、きょうのコンサートの感想書き込んである……)
流石に書き込むことはないが、ファンの声を直接知ることが出来る大切な場だ。
(…この人、プッチ良かったって言ってくれてる……)
(…やばぁ…あそこのダンス、間違ったのやっぱわかっちゃってたんだぁ…)
(うわぁ! この人、わざわざ九州から来てくれたんだぁ…ありがとう!)
1つ1つの書き込みが励みになるし、今後の参考になる。
(!?)
読み進むうちに圭の眉がピクッと上がる。
その書き込みはたった一言、
「保田、モーニング娘。を辞めてくれ」
(まただ……)
この類の書き込みは定期的に現れる。正直、最初に書き込みを見たときは落ち込んだ。
(わたしだって一生懸命、頑張ってるんだけどなぁ……)
一時はかなりブルーになっていた。
が、よく見渡してみれば自分だけではない。なつみや真希をはじめ、〈娘。〉以外でも、話題になれば必ずそれに比例してこういう書き込みが増える。
(他人の悪口言って何が楽しんだろう?)
思いながら、次第に気にしたらきりがないということに気がついた。
所詮、万人に好かれる存在というのはありえない。
各時代の流れを作ってきた輝く存在にさえ、必ずそれを認めない否定的な人々が存在するのだ。
そういった否定的な意見を見たくなければ、極端に言えば芸能界を去るしかない。この世界で何もしないことさえ、責められる口実になるのだから。
夢を持ってこの世界に入った以上、常に上り坂を進む苦しみに耐えていかなければならない。
気がついたことがもう1つ。
それは、良くも悪くも言葉には人の心を動かす力があるということ。
言葉を発した実体が、そこにいてもいなくても、残された言葉そのものが、人を時に喜ばせ、励まし、傷つける。そのことをあらためて実感することができた。
それでも、こうした書き込みに触れれば、やはりチクリと胸が痛むのだが……。
(わたしたちは、人の心をあったかくする歌を歌いたい)とも思う。
小さくため息をついて電源を落とし、パタンとパソコンを閉じる。
「圭ちゃん、返事ありがとう!」
背後から真里が声をかけてきた。
「え?…あ、うん……」
ニコニコ顔の真里を見ると、自分までハッピーになった気がする。
知らず知らずのうちに、まじまじと真里の笑顔を見つめている。
「何? 何ぃ〜?」
目を丸くして見つめ返す真里の目に気づいて、ほほ笑み返す圭。
(「持つべきものは友」…だよねぇ……)
良きメンバーとファンに恵まれて、それ以上を望むのは贅沢(ぜいたく)なのかもしれない。
苦しい上り坂も、仲間たちと一緒であればまたそれも楽しいもの。
「…矢口、ありがとね」
キョトンと首をかしげている真里に、思わずお礼を言ってしまう。
「何だよぉ〜、アハハハハ……」
笑いながらじゃれついてくる。
「夜もいいコンサートにしようね!」
「もちろん!」
真里に言った圭の言葉に、真里だけでなく、2人を見ていたメンバー全員が小さくうなずいていた。同じ坂を登る仲間たちがそこにいた――。
「上り坂もあるさ!」(完)
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