「迷子のあの子」
(原宿、原宿……うわぁっ! やっぱり、人、多いなぁ……)
原宿駅を出てすぐ、人ごみに飲まれそうになって、亜依は何だかドキドキしていた。
東京に出てきて、いつかは遊びに行きたいと思っていた原宿だが、〈モーニング娘。〉に加入してすぐに、仕事、仕事と追いまくられ、その上、引っ越しに転校と慌ただしいなかで行きそびれていた。
オフ日のきょう、希美と待ち合わせて、初めて原宿に遊びに行く。
(迷子になりそうや……)
希美との待ち合わせ場所までもうすぐなのだが、息苦しく感じて、比較的人の少ない店先で一息つく。
「ふぅ〜っ…」
再び歩き出そうと思ったのだが……誰かにスカートの裾を引っ張られて慌てて振り向く。
グスグスと泣きながら左手で目をこすり、右手で亜依のスカートをギュッとにぎっている幼稚園くらいの女の子。
「…おかあちゃん…おかあ…ちゃん……」
しゃくり上げながら、さらに強く裾を引っ張る。
(え、何?…迷子?)
「ど、どうしたのかな? お母さんは?」
裾を握った手を何とか外し、そのちっちゃな手を握り返しながら、顔をのぞき込むようにして尋ねる。
「ん…お、おかあちゃん…うちが…人形見てたら…おらんようになって……」
「ほんまぁ…人形、このお店で見てたん?」
女の子につられて、亜依も関西弁に戻っている。
「……うん……」
「そうかぁ……」
女の子の手を握ったまま、母親らしき人を捜(さが)してみるが見あたらない。
(どないしよう…困ったなぁ……)
と言って、このまま放っておくわけにもいかない。
「大丈夫やから。お姉ちゃんも一緒にお母さん探したげるから。な?」
「…ホンマに?」
「ホンマ、ホンマ。やから泣かんとき」
「…うん!」
まだ鼻をスンスンとしながらも、ごしごしと涙をぬぐう姿がいじらしい。
「名前、何ていうん?」
「エミ」
手をつないだままで話しかけると、すっかり落ち着いたのか、はっきりと答えが返ってきた。
「そうかぁ、エミちゃんか。エミちゃん、きょうはお母さんと2人?」
「うん。おとうちゃんが東京で働いとって、きょう、一緒に晩ご飯食べよ言うて、大阪から来てん」
「ふぅん…それで、その前に原宿に遊びに来てんやな?」
話をしながらも、亜依は母親らしき人を捜し続けていた。
すると人通りの向こうに、同じようにキョロキョロと人を捜しているような女性が見えた。
「エミちゃん、あれ、お母さんと違う?」
亜依の言葉に振り返った女の子は、その女性の姿を目に留める。
「おかあちゃ〜ん!」
と駆け寄り、スカートに顔を埋めた。
(お母ちゃん……)
何だか自分まで母恋しい気持ちになりながら、近寄ってくる母娘を見ていた。
「すいません。うちの子がお世話になったようで…」
「いや、えぇんです。2人でお話してただけやから。な?」
「うん!」
女の子と2人でニコッと笑う。
「ホンマにありがとうございます。ほら、お姉ちゃんにサヨナラは?」
「お姉ちゃん、ありがとう! バイバ〜イ」
「うん、バイバイ!」
さっきまで亜依がにぎってあげていた手を、今はお母さんとしっかりつなぎながら、残りの手で大きくサヨウナラをする女の子。
しばらくその姿を見送りながら、希美との待ち合わせ場所に急ぐ。
〈娘。〉の中では最年少ということで、日ごろは妹のように可愛がられている亜依だが、何だか急にお姉さんになったように感じる。
東京で、芸能界の中で、迷子にならないように必死にメンバーの後を追っている毎日。そんな忙(せわ)しない日常を離れて、「こう見えて結構お姉さん」という等身大の中学1年生に戻れたような、そんなちょっとした体験。
待ち合わせ場所でポツンと立っている希美を見つけて、亜依は駆け寄っていった。
オフ日の太陽は、まだ真上にも達していなかった──。
「迷子のあの子」(完)
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