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「Love&Peace」

 収録の合間の休憩時間。
「はぁ〜っ……」
 楽屋でポツンと1人座っていた亜依が、小さくため息をつく。
(…何であんなこと言うてしもたんやろ……)
 〈モーニング娘。〉に入り、それに伴って東京の中学校に転校して、はや半年。忙しい仕事の合間に、ようやく新しい友人もつくることができた。
(それやのに……)
 昨日、亜依は学校で友人とケンカをしてしまったのだ。
 原因は本当に他愛もないことだった。
「奈良って…お寺ばっかりなんだよね?」
 友人からのこの一言が、亜依にはカチンときた。日ごろは感じたことのない郷土愛がムラムラッと湧いてきたのだ。
「奈良には歴史があるんや。それに比べたら東京なんか大したことないわ」
 後は売り言葉に買い言葉。お互いに退くに退けなくなって、悪口の言い合いになってしまった。
「はぁ〜っ……」
(せっかく仲良しになれたのに……)
 いつになく暗い雰囲気を漂わせていた。

「加護ぉ」
 振り向くと圭織が心配げに立っている。
「飯田さん……」
「どうしたぁ? きょう、元気ないじゃん。ん?」
 うつむく亜依に合わせ、圭織は膝を折ってのぞき込むように座る。
 いつもは圭織や圭に、「加護〜!」と叱られてばかりの亜依が、先ほどの収録では本当に大人しかったのだ。
「友だちとケンカでもした?」
「…はい……」
「そっかぁ」
 圭織は、そっと亜依の両手をとって自分の手で包むように挟み込む。
 じわっと圭織の手の温もりが伝わってきた。
 いつの間にか、亜依は昨日のケンカについてポツリポツリと話していた。
「何であんなこと…言うてしもたんか…自分でも…わからんようになって……」
 涙こそ見せなかったが、次第にグスグスと鼻声になっていく。

 そんな亜依を、瞬きを忘れたようにジ〜ッと見つめていた圭織が、静かに語りだした。
「あのさぁ…かおりも学生の時、友だちとケンカしたり、しょっちゅうだったよ。でもさぁ…そんなときは、すごく寂しかった。孤独だった」
 亜依はジッと握られた手を見つめている。
「それもさぁ…自分の方が悪かったなってときは、特につらくってさ。自分が嫌いになって、それでも意地で謝れなくてさ……」
 視線を上げ、今にも泣きそうな顔で、圭織の瞳を見返す亜依。
「飯田さん……」
 両手を包み込んだまま、そっと持ち上げて自分の頬に当てるようにする圭織。
「自分の方から謝ってみなよ。加護がその子と仲良しでいたいんなら、どっちが悪かったとか、そんなのいいじゃん。ね?」
 圭織の手の温もりと、頬の冷たさが、どちらも心地よくて……。亜依の心の中にあるトゲトゲしたものが、ス〜ッと溶けていった。
「はい
 元気に返事をする亜依にニッコリと笑顔を送り、もう1度ギュッと手を包み込んでから立ち上がる。
「合言葉は『Love&Peace』だよ 仲直りしたら、友だちの話、聞かせてね?」
「はい」
「あ、そうだ! かおり、新しいお菓子持ってきてるんだ。一緒に食べよ? そうしよう
 亜依が答えるよりも早く決めて、バタバタと部屋を出ていってしまう。

 圭織と入れ替わるようにして、圭が部屋にやってきた。
「加護、きょう元気ないよ? どうしたの? 友だちとケンカでもした?」
 また、同じように尋ねられて、キョトンとした表情になる亜依。
「あ…はい……」
 近づいて、中腰で亜依と同じ目線になって心配そうに見つめる圭。
「わたしで良かったら話してみなよ。仲直りできるように、一緒に考えてみるからさ」
 そっと差し伸べられ、亜依の頬に触れる圭の手からも、ほんのりとした温かさが感じられた。
 ニコッと笑ったかに見えた亜依の表情が、見る見るうちに崩れ、ポロポロと涙がこぼれ出す。
「加護?! どうしたの? ん? つらいの?」
 ほとんど抱きかかえるようにして、亜依の顔を見つめる真剣な圭の視線。
「ち、違うんです…嬉しくて……さっきも…飯田さん…に…話を…聞いてもらって……」
 自分のことを心配してくれる人たちが、身の回りにいてくれるということは、本当に幸せなことだ。
 つっかえつっかえ話す亜依の言葉を、どうにか理解して、ほっと胸をなで下ろす。
「びっくりさせないでよ…でも…まぁ…良かったね…『Love&Peace』かぁ…かおりの言う通り、明日、謝って仲直りしなよ……」
 頬の涙をぬぐいながら、やっとほほ笑む亜依。

 と、そのとき……。
「加護ぉ、これ……」
 お菓子を手に部屋に戻ってきた圭織は、亜依の涙と圭の姿を見て、急に怖い顔になった。
「圭ちゃん
「なに?」
 ビクッと背筋をただす圭。
「ひどいよ 加護は今、友だちのことで悩んでるのに。きついこと言ったんでしょ」
「そんなこと……」
 圭が何か言おうとしても、とりつく島もない。
「かおり、圭ちゃんはもっと優しい人だと思ってたのに」
「いや…あの……」
「それなのに、加護を泣かせちゃうなんて
 ピシッと指さされて、圭は口をパクパク、目を白黒させるだけ。
「加護、行くよ!」
「え? あの…飯田さん?」
 戸惑う亜依の手を引き、走るようにして部屋を出ていってしまった。
 1人残された圭。
 呆然とドアを見つめていた。
「こういう場合も……私の方が謝らないと…ダメなのかな?」
 つぶやきに答える者は誰もいなかった。

「Love&Peace」(完)

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 2000年12月20日から、のべ人の方に閲覧していただきました。ありがとうございます。

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