「ホッと一息」
屋外ステージは本当に気持ちがいい。
今もこうやって客席に向かって座っていると、強い陽射(ひざ)しの中をさわやかな風が吹き抜ける。
あと1時間もすれば、ここにファンのみんなが来てくれる。
力いっぱい歌って踊る。上手く歌えるかな? 踊れるかな?
ドキドキとワクワクが…何だかうれしい。
「保田さ〜ん!」
ステージ袖(そで)から、石川が駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「いえ…お疲れさまです。これ……」
わたしの分までドリンクを持ってきてくれたらしい。
「ありがとう」
座ったまま手を伸ばして受け取ると、石川の笑顔が目に入る。
「……石川……緊張してる?」
無理した笑顔。
「分かりますか?」
石川は、ありゃりゃビックリ!ってな表情で、わたしのことをマジマジと見つめてた。
「そりゃ分かるよ……教育係だからね」
加入当初はともかく、最近は教育係としては何もしていないけど、何となくそう言ってみた。
「はぁ、教育係だから分かるですかぁ……」
妙に感心している石川。
「ホント、緊張しちゃって……どうしましょう?」
「……どうもしなくて良いんじゃない?」
「どうもしなくて良いですかぁ……」
今度ははっきり不安な表情。
そんな石川を見てると、フッとほほ笑ましくなる。
「石川、ここ座ってみ?」
自分の隣をトントンと叩く。
一瞬、首を傾げてから、膝を抱くように座る石川。
そこからは、青空の下に客席が広がっているのがよく見えた。
「……客席、広いですね」
「きっといっぱいになるよ。みんな楽しみにして来てくれるんだよ」
2人でずっと眺めていた。
一言もなかった。
歌い踊っている自分たち。盛り上がるファンのみんな。
――そんなコンサートのイメージが、目の前の風景に重なる。無意識のうちに身が引き締まって……鼓動も高まる。
「石川……」
「はい」
「今…ドキドキしてる?」
「はい」
「ワクワク…してる?」
「……はい!」
一瞬迷って、でも元気にうなずく。自然な笑顔だった。
「そう……じゃ、頑張ろ!」
「はい。頑張ります!」
ステージの上でも、そして客席でも、風が吹き抜けていた。
さわやかで…気持ちの良い風だった。
「ホッと一息」(完)
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