「Yの悲劇?!」
「ホンット、人騒がせなんだから!」
ひとみがベッドにドスンと腰を下ろしながら、不満をもらす。
「本当だねぇ…亜依ちゃんのイタズラ好きにも困っちゃうね……」
眉を「ハ」の字にしながら、困り顔で梨華も隣に腰掛ける。
地方コンサートのために宿泊しているホテルの1室。今の今まで、この梨華の部屋に亜依と希美もいた。
亜依がひとみを驚かそうと、男性の声マネで、「〈モーニング娘。〉ですよね? 今から行きますから」と内線電話をかけたことが、そもそもの発端だった。
怖くなったひとみが、梨華の部屋に逃げ込み、そこに亜依と希美も、素知らぬ顔で合流。
「どうしよう」「どうしよう」と焦るひとみに、亜依が、「ごめ〜ん。電話したの、私」と、あっけらかんと告白したのだった。
怒り心頭のひとみに、「謝ってるやろ!」と、何故か亜依が逆ギレ。
そこに、隣部屋の圭から『うるさい!』と携帯電話で一喝が入り、ひとまず和解することに。
「明日、保田さんに説明して謝ってよね!」と、念を押しながら亜依と希美を送り出したところだ。
「まったくぅ〜」
まだ怒りが収まらないひとみ。
「私なんか、タンポポでも一緒なんだよぉ?」
と愚痴り始める梨華。
2人とも、やんちゃな亜依に、日ごろから相当手を焼いているようだ。
『…はぁ〜あ……』
ため息にも、疲れの色がにじんで見える。
ピンポ〜ン。
「また、きっと加護だよ」
怖い顔をしてドアののぞき穴から廊下を見たひとみ。
だが、(あちゃ〜)という顔で、物音を立てないように戻ってきた。
「どうしたの?」
「保田さんだよ……どうしよう……」
ベッドに隠れるように床に座りながら、梨華に手を合わせる。
「梨華ちゃん、お願い!」
「えぇ〜……」
恨めしそうにひとみを見るが……ひたすら頭を下げる様子に折れるしかなかった。
「わかった……」
ドアを開く。
「ちょっとぉ、今、何時だと……」
大きな目をさらに見開いた圭が立っていた。その目に、梨華の今にも泣きそうな表情が飛び込んできて、思わず口を閉じてしまう。
「ちょっと保田さん、聞いてくださいよ!」
「ど、どうしたの?」
「亜依ちゃんが……」
いきなり始まった梨華の愚痴を、延々と聞く羽目(はめ)になった圭。
「それにぃ……」
「わかった、わかったから。私から加護に言っとくから。あんた達は、もう寝なさい」
「……はい」
まだ言い足りない表情の梨華。
髪に手を当て、(まいったなぁ)という顔の圭。
ドアは静かに閉じられた。
「助かったぁ。梨華ちゃんありがとう!」
手を取って大げさに喜ぶひとみ。梨華は戸惑ってしまう。
「別に……ひとみちゃん、保田さんのこと怖いの?」
「え? …う〜ん…怖いっていうか……保田さん、優しいけど…真面目でしょ? 怒ったときはちょっとね…苦手…かな」
「ふ〜ん」
(そんなもんかな?)という風な梨華の様子に、(あれっ?)と首を傾げるひとみ。
「『ふ〜ん』て……梨華ちゃん、教育係で保田さんには、たくさん怒られたでしょ?」
「うん。泣いちゃったりしたしね」
思い出しながら、ほほ笑む梨華。
「でも…保田さん、いろいろ気を遣ってくれるし、怒られても納得いくから……今はタンポポだから、それもあんまりないけどね……」
どことなく寂しそうにも見える。
「……まぁねぇ…怒らせるこっちが悪いんだけど……」
言いながら、ひとみは肩をすくめる。
「確かに……保田さんは、話せばわかってくれそうだもんね……私も、明日、謝るよ」
「うん」
2人でニッコリほほ笑んだ。
そのころ……圭は、亜依を前に説教していた。
(何で、私が?……)という疑問を感じながら。
保田圭、この時19歳。彼女もまた、悩み多き年ごろである。
「Yの悲劇?!」(完)
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