「ワンコールだけのバースデイ・テレフォン」
2000年12月6日(水)――。
圭の20歳の誕生日ということで、テレビ番組の収録が終わると皆で事務所に戻り、ささやかなバースデイ・パーティーが行われた。
20本立ったろうそくの火を圭が吹き消すと、にぎやかにケーキを切り分けパクつく。
「ちょっと〜、みんな、私の誕生日よりケーキが目当てなんでしょう?」
「あったり〜!!」
「もう!」
広がる笑い声。皆からプレゼントが渡される。
裕子やスタッフからビールを勧められ、困惑しながらも楽しいひとときが過ぎる。
しかし、それもあっと言う間。
「はいはい。明日も早いから、もう撤収」
「えぇ〜〜!」
という声も虚(むな)しく、スタッフに追われるように帰されてしまった。
マンションに戻り、圭が一息ついていると……。
ピンポ〜ン。
「は〜い」
ドア越しに外を見ると、そこには裕子が。
「裕ちゃん?!」
急いでドアを開くと、両手を後ろに回した裕子が立っていた。
「来ちゃった♪」
「いや、『来ちゃった♪』じゃなくて…どうしたの?」
すると裕子は、「ジャ〜ン!」と言いながら背中に回した手を圭の前に差し出す。
「…ワイン?」
キョトンとした圭に向かって、ニコニコと笑いかける裕子。
「そ。プレゼント。圭ちゃんと同じ1980年生まれやで」
「でも…悪いよ…さっきもブレスレットもらったのに……」
「えぇて。と言うか、これは姉さんの願いがこもったプレゼントやねんから!」
「願い?」
「ちょっとだけ。ちょっとだけでえぇから、一緒に飲も♪」
「…………」
裕子が、この日をずっと心待ちにしていたことを知っているだけに、断ることなど圭に出来はしないのだった。
最初は恐る恐る口をつけたワインだったが、圭には、ビールよりあっていたらしい。
「…これ、美味しいね」
「ホンマに?! 良かったぁ〜」
期待に満ちた目で見ていた裕子が、本当に嬉(うれ)しそうな笑みを浮かべる。
「でも、あれやなぁ。20歳の誕生日くらい、家族と一緒に過ごせたら良かったのになぁ」
ワイングラスに注ぎながら、裕子が慰めるように話しかける。
「うん。でも、こないだお母さんから電話があって、『テレビで元気にやってるの見てるから、心配してないよ』って言ってくれてたし」
グラスに満たされたロゼを、あらためてマジマジと見つめ、少しずつ口をつける圭。
「そうかぁ。それでも、ホンマは帰ってきてほしいと思うで」
「うん…ま、親もだけど…私は弟に会いたいな……」
「弟くんねぇ。12歳だっけ?」
「うん……私、ずっと一人っ子だったから、弟が生まれたとき、ホントに嬉しくて……自分のお小遣いで、よだれかけ買ったり、おしめを換えたり、いっぱい世話して……お姉さんっていうより、お母さんになった気分でね……」
グラスを回すようにして波立つワインを見つめながら、ほんのり目元を赤くして、懐かしそうに話す。
「でも、最近は生意気になっちゃって。私のこと『クソばばぁ』とか言うんだよ。殴ったり、蹴(け)ったりしてくるし…昔みたいに話せなくなったしね……でも…今でも可愛いんだけどさ……」
それを裕子は、ほほ笑ましげに聞いていた。
そのとき、♪〜……、圭の携帯談話の着信メロディーが鳴りだし、すぐに切れた。
「ん? 何や? 間違い電話か?」
不思議そうに尋ねる裕子に、笑いながら携帯電話のディスプレーを見せる。
「実家から。きっと、あの子からだよ」
「あの子…って誰?」
「今、話してた弟」
「あぁ…」
「日ごろは生意気なことばっかり言うくせに、私に電話するのは恥ずかしがるのよ。だから、携帯にワンコールだけして、私の方から家にかけさせるの。それで、お母さんに言わせるわけ」
(やれやれ)といった口調の圭だが、どこか嬉しそうに話す。
「へぇ……複雑なお年ごろ…なんやねぇ」
よく分からないという風に肩をすくませる裕子。
「ちょっとかけてみるね」
「えぇよ〜」
裕子はワイングラスを口元に運びながら、さらっと軽く答える。
トゥルルルル…トゥルルルル…ガチャ。
「あ、もしもし私…お母さん?……うん…うん……今、リーダーに御馳走(ごちそう)になっちゃってるとこ……うん…ちゃんとお礼言っとくから…大丈夫…うん……」
裕子の方に笑顔を向けながら話す圭に、「そんなん、えぇって」とつぶやき、裕子は照れくさそうに小さく左手を振る。
「それで、何?……うっそ……ホント?……」
びっくり顔の圭。話しながら、だんだん、フニャ〜ッとした表情になっていく。
「うん…うん…替わってくれる?…イヤだって?…そう……ありがとうって言っといて……うん……うん……じゃ、また連絡する……うん、それじゃ」
ピッ。
「何やったの?」
「…弟が、『プレゼント買っといたから家の方に取りに来い』だって……」
「へぇ、弟くんが。可愛いとこあるやん」
「うん……あの子、ホントは優しい子だから……」
(圭ちゃんも結構、親バカと言うか、姉バカやなぁ)
そう思ってニヤニヤ笑いながら裕子がチラッと見ると、圭は携帯電話を見つめながら、ポロッと一筋、涙をこぼしていた。
「圭ちゃん……」
「えへへ…変だね。私、泣き上戸なのかな?」
慌てて手でぬぐって、照れくさそうに笑う。
「……泣き上戸とは違うけど……圭ちゃん、結構『感激屋さん』なんやねぇ」
グラスを置き、右手で優しく圭の髪をなでながら、ほほ笑ましく感じる。
「良かったなぁ、圭ちゃん」
「…うん……」
圭の記憶にしっかりと刻まれた「ワンコールだけのバースデイ・テレフォン」。
ほんのちょっとした幸せ――。嬉しそうにほほ笑む2人の顔が、揺れるワインに映え、ほんのりバラ色に染まっていた。
「ワンコールだけのバースデイ・テレフォン」(完)
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