「遊び心……」
「あ! 〈めがねっ娘。〉が来た! お〜い、〈めがねっ娘。〉〜」
矢口がこっちを向いて誰かを呼んでいる。
(誰? 〈めがねっ娘。〉って……!! もしかして…あたしのこと?!)
そのとき丁度(ちょうど)、あたしはコンタクトじゃなく、眼鏡をかけていたのだ。
(何言うとんや、まったく……そうや! 〈矢口くん2号〉……)
仕事の一環とは言いながら、〈マイクロカセット矢口君2号〉でメンバーの様子を録音するのは楽しい。あたしの「遊び心」に火をつけてくれる。調子に乗っていると、後になって冷や汗を流すはめになることもあるけど……。
今も、ここぞとばかりに〈マイクロカセット矢口くん2号〉の録音をスタート。
(いっつも、からかわれてばかりや。きょうはあたしが矢口をだましたろ)
そう思って、わざとわからない振りでキョロキョロ周りを見渡したりする。
「お〜い、〈めがねっ娘。〉〜。こっちこっちぃ」
矢口は、相変わらず楽しそうに呼んでいる。
「ちょっとぉ…〈めがねっ娘。〉って、あたしのこと?」
やっと気がついたという風に近づいていく。
「そうだよぉ。〈めがねっ娘。〉って結構、男の子に人気あるんだって。良かったね、裕ちゃん。アハハハ……」
「何が『良かったね』や……」
これは本気で呆れている。
「裕ちゃん、たまにはめがねでテレビに出てもいいんじゃない?」
「えぇ〜……恥ずかしい……」
「何でぇ? かわいいのに〜」
矢口に誉められるなんて、ちょっと照れくさい。
「あらぁ、きょうはどないしたん? もっと誉めて誉めて〜」
「えぇ〜?…どうしよっかなぁ」
「『えぇ〜』って何や、『えぇ〜』って…ホンマに、ちょっと誉めてくれたと思たら、すぐこれや……」
ブツブツ文句を言ってると、矢口は「アハハ…」と笑いながらもたれ掛かってきた。
「ウソ、ウソ。裕ちゃん、めがねかけてたら『知的な大人の女性』って感じ。どうどう? この誉め方?」
「いや、どう?って言われても……」
「もう! せっかく矢口が誉めてあげたのにぃ…もっと喜んでよぉ!」
「あ、うん。そやな。嬉しいわ」
(無理矢理やなぁ……)
心のなかでは苦笑しながら、矢口の頭をナデナデしてやる。
「ホント? ホント?」
無邪気に笑う矢口。
(この娘。も結構単純やなぁ)
と思ったのだが……。
「じゃ、これ使ってね。〈マイクロカセット矢口君2号〉」
(……知ってたんか…)
ニコニコと手を振りながら控室を出ていく矢口を呆然と見送る。
結局、あたしが矢口に遊ばれてたわけだ。
ちょっと…いや、かなり悔しい……。
(……これ、絶対に放送せんとこ…)
固く誓いながら、あたしは〈矢口君2号〉の停止ボタンを押した。
「遊び心……」(完)
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