「あの女性(ひと)」
のんちゃんとうちは、事務所の控え室でイスに座ってた。
足をブランブランさせて、2人とも黙ってた。のんちゃんは目を真っ赤にして、鼻をスンスンいわしてる。…うちもきっと…そうやろなぁ。
うちらだけやあらへん。さっきは、みんな泣いてた。
保田さんも安倍さんも、飯田さん、矢口さん、後藤さん、梨華ちゃんもよっすぃ〜も泣いてた。
中澤さんが〈モーニング娘。〉を卒業するって言うたから……。
みんな、みんな、いっぱい涙を流してた。
中澤さんは、
「〈娘。〉は卒業しても、仕事は続けるから。辞めへんから」
って言うてたけど……悲しかった。ホンマに悲しさが止まらへんかった。
中澤さんも泣いてた……。
それから……みんな、お仕事に戻って行った。
やから、控え室には、うちとのんちゃんの2人きり。
「……のんちゃん」
「………ん?」
「帰ろ?」
「…ん〜…」
さっきからこれの繰り返し。
なかなか帰れずに、2人でグズグズしてた。
何か…何か…すっきりせぇへんかった。
うちらと遊ぶときみたいに、
「ウソだピョ〜ン!」
って、中澤さんが出て来ぉへんかなぁ……それやったら…良かったのに。
いつまで待っても、中澤さんは出て来ぉへんかった。
「…中澤さん…卒業したら……一緒に遊べんようになるね」
うちがそう言うたら、のんちゃんが顔を真っ赤にして怒り出した。
「そんなことないもん! 中澤さん、『また、いつでも遊べるから』って言ったもん!」
うちを見る目に涙がいっぱい。盛り上がってた涙が、ブワッて流れ出した。
「…中澤さん…ウソ…つかないもん…中澤さん…やさしいもん……中澤さん……」
言ってるのんちゃんが…だんだん、ぼやけてきて……。
あれ? うちも…泣いてる?
「…のんちゃ〜ん……」
のんちゃんにギュッてした。
2人とも、涙、いっぱい出てたから、ほっぺたがピトッてした。
「…のんちゃん、歌、つくろ」
「……歌?」
「ん…中澤さんの歌」
「…つくろっか」
それから、中澤さんのこと、いっぱい、いっぱい思い出した。考えた。
中澤さんはぁ…コンサートが終わったら、スタッフの人とかと一緒にお酒を飲む。すっごい楽しそう。「加護ぉ」とか「辻ぃ」とか言うて、キスして来る。
中澤さんはぁ…うちらと一緒に遊んでくれる。なぞなぞとかぁ、しりとりとかぁ、うちらが歌って踊ったら、めっちゃ楽しそうに笑ってくれる。
中澤さんはぁ…怖いときもある。うちらが騒いでたら、「静かにしなさい!」って。あんまり、余計なことは言わへんけど、何となく(あぁ、ホンマにアカンのやなぁ)って納得する。
中澤さんはぁ……いっぱい、いっぱい思い出した。考えた。
いっぱい、いっぱい…涙が流れた。
「……できたね」
「うん。できた。中澤さんの歌……」
「あした…一緒に歌おな?」
「うん! だから、きょうは練習してくること!」
「おぉっ!」
うちとのんちゃんのつくった「中澤さんの歌」。喜んでくれるかなぁ? いっつもみたいに笑ってくれるかなぁ?
♪あの女性(ひと)は
ビールが大好き
飲み出したら
止まらない 止まらな〜い
ゴクゴクゴクゴク ゴクゴクゴクゴク もう1杯!…………
「あの女性(ひと)」(完)
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